東京地方裁判所 昭和53年(ワ)9339号 判決 1982年5月10日
原告
大沢たつ代
原告
大沢薫
右両名訴訟代理人
下光軍二
被告
甲野太郎
右訴訟代理人
臼杵祥三
外一〇名
被告
東京都
右代表者知事
鈴木俊一
右指定代理人
木藤静夫
外一名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
〔請求の趣旨〕
一 被告らは、各原告に対し、各自金三一六四万三五〇〇円及び昭和五三年七月二六日から右金員の完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、各原告に対し、各自昭和五六年一一月一日から前項の金員の完済に至るまで一か月金四万円の割合による金員を毎月末日限り支払い、かつ、右の期日後は各年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、被告らの負担とする。
四 第一項についての仮執行の宣言〔請求の趣旨に対する被告らの答弁〕
主文同旨
第二 当事者の主張
〔請求原因〕
一 原告らは、夫婦であるが(以下、原告大沢たつ代を「原告たつ代」、原告大沢薫を「原告薫」という。)、原告たつ代名義で、昭和四〇年一〇月一日、前田喜七から東京都三鷹市下連雀四丁目一五一番二四宅地357.78平方メートルのうち、175.20平方メートル(以下「本件土地」という。)を期間二〇年、賃料一か月二六五〇円(坪五〇円)・毎月末払との約定で借り受けた。原告らは、昭和四二年七月に、前田喜七から、賃料を一か月三〇七四円(坪五八円)に増額する旨の請求を受けたが、近隣では坪一五円のところもあつた程であるのに、当初から坪五〇円と高額であつたので、右の増額請求に応せず、坪五〇円の従前の賃料額を供託した。そして、原告たつ代は、昭和四三年五月二六日に、前田喜七の借地人二五名が共通の利益を守るため設立した借地人共助会の会長におされた。もつとも右の共助会は、副会長である大曾根四郎が中心となつて設立され、運営されていたのであるが、大曾根四郎は地主の感情等を考えて副会長にとどまつたのであり、実権は大曾根四郎が握り、原告たつ代は単なる名目上の会長にすぎなかつた。
原告らは、前田喜七から本件土地上の建物の改築について了解を得ていたので、昭和四四年一一月、旧建物を取り壊し、昭和四五年一月、新築工事に着手した(以下、右の新築建物を「本件建物」という。)ところが、本件建物は、建築請負人が建築面積を増加するため、その敷地である本件土地の面積を実際より広く建築確認書に記載していたため、形式的には違法建築という面があつたところ、前田喜七はこれを強く指摘し、前田喜七の妻前田ヨネが原告らの仮住いに来て違法建築であると言つて大声で騒いだりして、原告らは外聞が悪く、また、工事が中止させられるのではないかと心配になつたので、前田喜七が賃料の増額を認めれば本件建物の建築を黙認するということから、増額を承認することにした。そして、原告らは、昭和四五年二月末ころ、前田喜七との間で、賃料を昭和四二年七月一日から昭和四三年四月までは一か月三〇七四円(坪五八円)、同年五月以降は一か月三九七五円(坪七五円)とすることを合意し、昭和四五年三月四日、同年二月分までの増額分と供託額との差額合計三万三三九〇円を前田喜七に支払い、同年三月分からは増額賃料を毎月末日限り支払うこととした。
しかし、原告らは、原告たつ代が借地人共助会の会長でありながら、仲間の了解を得るとか、相談をして決めたものではないだけに、三月分以降も増額前の賃料(坪五〇円)の供託を続けた。そうしているうちに、昭和四五年八月一八日到着の内容証明郵便で、前田喜七から、原告たつ代に対し、一週間以内に延滞賃料を支払うようにとの催告がなされるにいたつた。原告らは、いつたん増額に同意したものの、これは本件建物の建築がかかつていたし、地主のいやがらせに屈したものであり、また、借地人共助会との関係もあるので、右の催告に対する対応に迷つた。
二 原告らと被告甲野との関係
1 法律相談
原告薫は、原告たつ代に対する右の前田喜七からの催告書に対する態度をどうするかという法律相談をするために、都内に数ある無料法律相談所の中から最も権威あるものとして、被告東京都の法律相談所を選び、昭和四五年八月一九日、関係書類を持参して、被告東京都庁を訪れた。
被告甲野太郎(以下、「被告甲野」という。)は、第二東京弁護士会に所属する弁護士であり、被告東京都の嘱託として、被告東京都の公聴部の法律相談に携つている者であつたところ、原告薫の法律相談を担当することになつた。
被告甲野は、前田喜七からの催告書や増額賃料の領収書を見ながら、他に賃料増額の合意を証する書面等のないことを確かめ、「あなたが証拠となるものを地主に渡してなければかまわないから放つときなさい。払つたという証拠がなければなんでもない。従来の地代を供託しておけばよい。」と言つて、さらに、「私も借地人で、民事事件でも借地問題には特に興味をもつています。あなたの味方です。」とも言いながら、原告薫に対し、板橋区大谷口の借地人組合報二部と自分の名刺を渡し、「用があつたら、ここへ来なさい。」と告げた。
そこで、原告らは、被告甲野の右の回答のとおり、前田喜七からの賃料支払の催告を放置したのである。
2 内容証明郵便
ところが、原告らは、昭和四五年八月二九日、前田喜七から、原告たつ代に対する賃貸借契約を解除する旨の通知を受け取り、意外なことと驚き、原告薫は、早速右の解除通知書を持参して、被告甲野宅を訪ねた。
被告甲野が、「心配することはない。私がうまく返事を出してあげるから、大丈夫です。」というので、原告薫は、よろしく願います、と言つて帰つたのである。
被告甲野は、昭和四五年八月三一日付内容証明郵便で前田喜七に対し、返事を出したが、その内容は賃料増額の合意を積極的に否認することなく、賃料は供託を続けているので解約には応じられない、原則的には地代の値上げには応ずるので法廷で争うよりも、話し合いによる解決を図りたいという哀願的とさえ受け取れるものであつた。
3 訴訟について
(一) 第一審の訴訟委任
前田喜七は、原告らの態度に憤激し、建物収去土地明渡しの訴訟(東京地方裁判所八王子支部昭和四五年(ワ)第八六二号)を提起してきた。
原告薫は、早速右の訴状を持つて、被告甲野を訪ねたところ、被告甲野は「心配はいらない」と言つて、応訴を勧めるので、原告らは被告甲野を訴訟代理人として委任した。
被告甲野は、原告たつ代の訴訟代理人として、あくまで賃料増額の合意及びその支払を否定して、原告らに、そのように供述させ(偽証教唆)、賃料の領収書を破棄させて(証拠湮滅)争いながら、準備書面においては、「賃料を払つたとすれば」などと矛盾する主張をしたり、「仮に払つたとしてもこれは一時的な慈恵としてのほどこしであつて義務の履行ないしあらたな契約の設定を意味するものではない」など、賃料の支払を認めたような表現もしているが、借地人が地主に対し、三万三三九〇円という端数のある金額を合理的な説明なしに、ほどこしなどのために交付したと非常識な主張をしたのである。しかも、「原告は、その所有土地を借地人に賃貸し、その地代によつて生活している不労所得者である。従つて、不労所得者としての地位を与える地代請求権が権利としても、憲法の保障した基本的人権である権利でないことは明らかで、このような非基本権としての権利が国権による保障を受ける権利に値しないのであることもいうまでもないから、原告の請求は理由がない。」などという独自の見解を述べている。
その結果、昭和四七年三月二九日、原告たつ代は敗訴した。
(二) 第一審判決後
被告甲野は、控訴審もぜひやらせてくれといい、また自分が駄目なら知人を紹介すると言い出したが、原告らは、前記のとおりの準備書面に失望していたので、別の弁護士に依頼した。ところが、被告甲野は、原告らに対し、「うそは筆がにぶるから、誰に依頼するにしても、今後、真実は話さず、どこまでも値上げに同意したり、これを支払つた覚えはない」と主張するよう強く勧め、準備書面その他の証拠書類もすべて被告甲野のもとに持参するよう求めたので、原告らは、前記弁護士の書いた書類も被告甲野に点検して貰い、アドバイスを受けた。
(三) 被告甲野は、原告らに対し次のような偽証工作まですすめた。すなわち、賃料支払の日に原告らの不在を擬装するため、(1)昭和四五年度の手帳を探し出し、当日はでかけていた等の記入をすること、(2)知人に、当日その時間に会つていたように頼むこと、(3)当日、東京にいなかつたことを証明するため旅館などの領収書や写真をとつてくること、などである。原告らは、被告甲野の教示が真の裁判の姿だと信じて、できるだけそれに従つてきたのであるが、にせの証人を出したり、にせの文書を出すなどのことはできなかつた。
そして、控訴審においても、昭和四九年一二月五日、敗訴判決を受け、引続き上告したが、昭和五二年二月八日やはり敗訴となり、同年四月二八日には、東京地方裁判所八王子支部から原告たっ代に対し、建物の収去命令が出された。
三 被告甲野の責任
被告甲野の前記行為のうち、前田喜七に対する内容証明郵便及び第一審における訴訟活動は、債務不履行にあたるとともに不法行為でもあり、他方、法律相談における回答及び控訴審後の行為は、弁護士の本質にもとり、弁護士倫理にも反する不法行為であつて、被告甲野はその責任を免れることはできない。
1 法律相談については、回答にあたる担当者は、万全の注意をもつて相談者から事情を聞き、最善の方法を指示すべき責務を有するところ、被告甲野に対する原告らの前記相談事件においては、事柄の性質上、通常の弁護士であれば、地主の要求に応じて支払うか、または、値上げの合意は、窮迫の事情のあるのに乗ぜられたもので、公序良俗に反する、あるいは、強迫されてなされた意思表示であるから取り消しうる旨の通知を出すべきだと回答し、かつ、それに沿うよう適切な指針を与えるものと考えられるのに、被告甲野は、地主の要求を放置させれば、地主から契約解除、建物収去土地明渡を求めてくるに違いないので、そうすれば、原告らが被告甲野に訴訟委任をするに相違ないことを見越して、ことさら原告らに放置するよう前記の回答と指針を与え、相談者である原告らをしてその進路を誤らしめた。
2 内容証明郵便においては、被告甲野は、原告らから、前田喜七の原告たつ代に対する解除通知書につき善処方を依頼されたのであり、原告らが不利にならないような結果を得ることを委任の本旨としたにもかかわらず、前記のとおりの内容であつて、その本旨に従つた履行をしなかつたものである。
3 第一審の訴訟活動については、被告甲野は、原告らによる委任の本旨に従い、請求棄却判決を得るよう真摯な努力をする義務があるのにこれを怠り、委任の本旨に従つた債務の履行をなさず、かつ、次の(一)ないし(三)の点については過失があつたというべきである。
(一) 原告らが賃料の値上げを認めさせられたのは、強迫的な地主の行為によるものであつたことが明らかであるから、強迫による承諾としてこれを取消し、さらに、原告らの本件建物の建築工事が中止に追いこまれるような状態での承諾は、窮迫な事情に乗じたものとして、公序良俗に反し無効である旨の主張ができたはずであるのに、かかる主張をしなかつた。
(二) 通常の訴訟代理人であれば、わずか五か月分の不足額であつて合計一万九八七五円の不払いであり、この程度の賃料の遅滞では、他に事情がない限り、土地の賃貸借契約の解除は認められないと考え、当然予備的な抗弁を主張するものである。
(三) 被告甲野は、右の点についての主張、立証をしないのみならず、原告薫が法廷で供述もしないし、他に何らの証拠もないのに、原告らが仮に地主から要求された金額を支払つたとすれば、慈恵であり、単なる恵みであるなどと準備書面に記載し、原告らの指示と矛盾する主張をしている。
4 控訴審後においても、被告甲野が、訴訟委任を受けていないにもかかわらず、なお原告らに対し、訴訟外において第一審同様の指導を続けたため、原告らは、敗訴するに至つたものであつて、被告甲野の右の行為がなければ、従来の主張を撤回し、賃料の値上げの合意と支払いを認めたうえで、上記の主張(無効、取消)をするとか、和解などの方法をとることができたのである。
四 被告東京都の責任
地方自治体は、住民の福祉厚生を目的として、保安行政にあたるものであるが、被告東京都が設けている法律相談もその一翼をになつているものであり、法律相談事業の目的は、法律の問題についての悩みや質問に回答を与えて安心させるだけではなく、現状や今後の推移についての法律的効果や影響を説明し、現在及び将来において、いかに対処すべきかの指針を与え、質問者の権利や自由の主張と守護に万全を期するよう助言することにある。無料の場合は法律扶助の性格のあることを否定できないが、この目的に変わりはない。そして、回答にあたる担当者は、相談者に対し、最善の方法を指示すべき責務がありながら、本件において、被告甲野は、ことさらに相談者に対し最悪の指針を与え、進路を誤まらしめたのである。被告甲野は、被告東京都の運営にかかる、都庁内の法律相談所において、被告東京都の名において、原告薫の相談を受け、かつ、回答をなしたものであるから、被告東京都は、民法七一五条に基づく責任を負う。
五 原告らの損害<以下、事実省略>
理由
一<証拠>を総合すれば、次の各事実を認めることができ<る。>
1 原告薫の妻原告たつ代は、昭和四〇年一〇月一日、前田喜七から建物所有の目的で本件土地を、期間は昭和六〇年九月三〇日まで、賃料一か月二六五〇円(坪あたり五〇円)毎月末日限り当月分を持参して支払う、との約定で借り受けた。その後、原告たつ代は、昭和四二年七月、前田喜七から、賃料を一か月三〇七四円(坪あたり五八円)に増額する旨の請求を受けたが、これに応ぜず、昭和四二年七月分からは従前の賃料額を供託するようになつた。なお、前田喜七の借地人ら二五名は、昭和四三年五月二六日、借地人共助会を結成して地主と対立するようになつたが、原告たつ代はその会長に選出されていた。
原告らは、昭和四五年一月、本件土地上に所有していた木造瓦葺平家建居宅を取り壊して、本件建物を新築することにした。原告らは、本件建物について、昭和四四年一二月二三日に建築確認を受けていたが、実際の借地面積からすると、二階の一間及び廊下が四尺幅で四間、一階の納戸七畳分が過剰部分となり違法であつたところ、原告薫は、前田喜七より右の違法を指摘され、同人の妻前田ヨネが本件建物の建築現場へやつてきて、本件建物は違法建築である旨を大声で言い、賃料の増額を認めれば、本件建物の建築に承諾すると言つていたところから、原告たつ代からも増額に応じて支払うよう勧められるし、はては、近隣において前田喜七から建築の妨害を受けた例なども聞き及ぶに至り、原告たつ代を代理して、昭和四五年二月一九日、前田喜七との間で昭和四二年七月分から昭和四三年四月分までの賃料を一か月三〇七四円(坪あたり五八円)の割合で支払い、昭和四三年五月以降の賃料は一か月三九七五円(坪あたり七五円)の割合で支払うことを合意し、昭和四五年三月四日に右の昭和四二年七月分から昭和四五年二月分までの合意額と供託額との差額合計三万三三九〇円を支払つた。しかし、右の増額に合意したものの、原告たつ代は、借地人共助会の会長でありながら会員と右賃料増額につき、相談もしていなかつたし、かつ、共助会の会員の賃料供託は副会長の大曽根四郎がまとめてしていたこともあつて、同年三月以降も前記合意額を支払うことが心苦しく、結局、右合意にかかわらず、従前通り一か月二六五〇円の供託を続けた。
そうしているうちに、前田喜七から同年八月一八日に、原告たつ代に対し昭和四五年三月分から七月分までの賃料合計一万九八七五円を一週間以内に支払うようにとの催告書が届けられた。原告らは、当初の賃料坪五〇円ということ自体、前田喜七の近隣借地人の中では最も高額なものであつたし、そもそも、増額に合意したのが本件建物の建築を妨害されるのではないかという危惧に基づくものであり、他方、原告たつ代が借地人共助会の会長でもある立場上、会員に対する手前、簡単に右増額に応じるわけにはいかず、前記催告書への対応に苦慮した。
2 そこで、原告薫は、賃料増額にいつたんは合意したものの、何か支払わなくてもすむ方法がないものかどうか、同年八月一九日、被告東京都の法律相談を訪ねた(原告と被告甲野との間では、同年八月ころ、原告薫が被告東京都の法律相談に訪れたことは争いがない。)。原告薫は、前田喜七からの催告書、領収書、賃貸借契約書及び賃料支払の通帳を持参して、法律相談の担当者であつた第二東京弁護士会所属の弁護士である被告甲野に対し、賃料増額の合意をし、昭和四五年二月分までの合意額と供託額との差額を支払つた旨を説明し、右の催告書に対してどのような態度をとつたらよいかを尋ね、ことに支払わないですむようにする方法はないかという趣旨の質問をした(被告甲野が第二東京弁護士会所属の弁護士であることは当事者間に争いがなく、原告と被告甲野との間では、原告薫が地主からの催告書に対する態度をどうするかということについて相談したことは争いがない。)。
被告甲野は、地主と話し合うことをすすめたが、支払わないですむ方法はないかという質問に対しては、賃料増額の合意について、証拠がなければ、これを否認することもひとつの方法としてありうる旨の回答をした。そして、被告甲野は、原告薫に対し、城北地区借地人組合報と自分の名刺を渡した(原告と被告甲野との間では被告甲野が城北地区借地人組合報を渡したこと、は争いがない。)。
3 原告らは、被告甲野の証拠がなければ否認しうる旨の回答にも力を得て、前田喜七からの支払催告書に応ずることなく、放置しておいたところ、同月二九日、原告たつ代のもとに、前田喜七の代理人である弁護士から右の催告に対する不履行を理由として賃貸借契約を解除する旨の通知書が届いた。原告薫は、契約解除という事態に驚いて、さつそく、同月三〇日、被告甲野宅を訪ね、同人に対し、右の通知書に対する返事を依頼した。被告甲野は、原告たつ代の代理人として、原則として地代値上げについては話合いに応ずるが、供託を続けているので解約に応ずるわけにはいかない、旨の回答書を前田喜七宛に内容証明郵便として差し出した(原告と被告甲野との間においては、被告甲野が前田喜七に対し、内容証明郵便を差し出したことについて争いがない。)。
4 その後、前田喜七は、原告たつ代に対し、右の解除に基づいて本件建物を収去して本件土地の明渡しを求める訴訟(東京地裁八王子支部昭和四五年(ワ)第八六二号事件)を提起してきた。そこで、原告らは、昭和四五年一一月一日、被告甲野に対し、右の第一審の訴訟遂行を委任した。原告薫と被告甲野とは訴訟の期日ごとに会つて打合わせをしたが、訴訟遂行については、原告薫が前田喜七との間で賃料増額の合意をしたり、その合意額と供託額との差額を支払つた事実を否認することを基本方針とした。ところが、被告甲野は、前田喜七から昭和四五年三月四日の三万三三九〇円の領収証のミミが証拠として提出されるや、その信ぴよう性が高いと判断し、右の合意及び支払の事実があつたと認定される場合のあることをも考慮して主張をしておく必要も感じたので、昭和四七年一月一七日付の最終準備書面において、仮に支払つたとしてもそれは単なる慈恵である旨を主張し、さらに、被告甲野の年来の考え方である地代請求権の憲法上の性質論を展開した。原告薫は、証人として、右の合意及び支払の事実はない旨の証言をしたが、信用されることなく、第一審においては、右増額の合意がなされたことが認定され、解除を有効なものとして、昭和四七年三月二九日、本件建物収去、本件土地明渡の判決が言い渡された(原告と被告甲野との間においては、被告甲野が原告らから委任されて第一審の訴訟代理人となつたこと及び昭和四七年三月二九日敗訴判決のあつたことについては争いがない。)。
なお、第一審の裁判所は、和解をするように熱心にすすめ、和解案として、原告らが前田喜七から本件土地を借地権の時価の五割で買い受けるという案が出され、その後、時価の二割程度でどうかという話になつたが、原告薫が消極的であつたので、成立するに至らなかつた。
第一審判決後、原告薫と被告甲野とは話し合う機会を持つたが、原告薫は、第一審で敗訴したことから被告甲野に対する信頼が揺らぎ、控訴審を委任する決意がつかず、被告甲野には控訴状の文言を書いてもらうにとどめ、自ら控訴手続をし、被告甲野から紹介された有賀信勇弁護士に対しても、被告甲野と同列系統の弁護士と思つて、委任しなかつた。そして、原告薫は、被告甲野から法律相談の際に渡された借地人組合報に記載されていた横山寛弁護士を訪ねて、控訴審の訴訟遂行を委任した。しかし、原告薫は、被告甲野に訴訟委任はしなかつたものの、被告甲野がいろいろとアドバイスをしてくれるので、被告甲野と何度か会合し、その際、右両者は、第一審判決が認定した増額の合意及び供託額との差額の支払事実を否認するため、ことに、前田喜七から提出された領収書のミミの証拠価値を失わせようとして、昭和四五年三月四日当日、原告薫が不在であつたことを示すための証拠を作出すことなどを話し合つた。被告甲野は、右の話合いに沿つて、従前から知つていた嶋村繁嘉に対し、原告薫と当日会つていたものとする証人となるように依頼し、その同意を得ておいた。
ところで、控訴審においては、前田喜七が昭和四五年三月四日に差額分の支払を受けた事実を証する証拠として提出した前田ヨネの日記帳の右日付前後の記入に不自然なところがあり、また、前田ヨネの証言にもやや混乱があつたので、横山弁護士と原告薫は同訴訟が自側に有利に傾いたものとの予測を持つたが、結局、原告薫の証言(二回にわたつて証人尋問がなされ、前田ヨネとの間で対質尋問もなされたが、原告薫は、増額の合意及び支払の事実を強く否定する証言をした。)は信用されるところとならず、昭和四九年一二月五日、控訴棄却の判決が言い渡された。控訴審においては、横山弁護士は和解に熱心であつたが、結局、成立するにいたらなかつたものである。
その後、原告薫は、上告するに際し、長谷部茂吉弁護士にも委任したが、実質的には横山弁護士が上告理由書を準備した。昭和五二年二月八日、上告棄却の判決が言い渡され、同年四月二八日には東京地裁八王子支部から本件建物の収去命令が出され、その後、原告らは、前田喜七の代理人である中村弁護士と相談し、二〇〇万円の支払を受け、本件建物から立ち退いた。
二そこで、前記事実関係に照らし、被告甲野の責任を検討すると、原告らは、本件において、前記認定の前田喜七との訴訟において敗訴したことによつて被つた損害の賠償を求めるところ、右の敗訴判決は、前田喜七と原告たつ代との間の本件土地の賃貸借契約が解除によつて終了したことを認めたものであるから、被告甲野の法律相談ないし訴訟行為等もこれとの関連性において検討すべきである。
1 法律相談の法律的性格について、被告らは単なる参考意見の提供にすぎず、最終的決定をくだすのは、相談者自身であるから、回答そのもののために相談者の権利を侵害することはありえないと主張する。なるほど、法律相談における回答は、本質的には、相談者に対するなんらの拘束力を伴うものではなく、相談を受ける相談員から相談者に対する指導、助言の域をでないものと解するのが相当であり、その採否は最終的には相談者自身の決定に委ねられるし、実質的にも、相談者から提供される一方的資料によらざるをえず、相手方による反論、反証にさらされていないために、どうしても一面的傾向のものとなりがちであり、それだけ客観性は低くなる点は否めない。
しかしながら、法律相談にも種々その態様を異にするものがあり、その回答が相談者に対し決定的影響力を及ぼす場合のありうることも否定できないので、被告ら主張のように一概に論断すべきではなく、ことに、その法律相談において相談員が故意に不当な意見を述べて相談者を誤導した場合とか、回答が通常法律相談に期待される助言ないし指導としての適切さを著しく欠くものであるとき、もし相談者がその回答を信頼して行動したために損害を被つたという事実が発生したならば、右相談員に故意、過失があるとして不法行為成立の余地もあるものというべく、その判断は、相談事項をめぐる事実関係、証拠の有無、法律上の問題点、法律相談を求める相談者の目的、意図並びに当該法律相談を設けた主催者の目的など諸般の事情を考慮のうえ、決定すべきものと思われる。
これを本件についてみると、<証拠>によると、東京都は法律及び交通事故に関し、相談を求める都民に対し適切な指導及び助言を行うため都民生活局に法律相談担当及び交通事故相談担当の相談員を置くものとされ、相談員は非常勤職員として一定の報酬を受けること、法律相談担当の相談員は、弁護士の資格を有するもののうちから任用され、その職務は「都民の法律に関する相談に応じ、指導及び助言を行う」ものと定められていることが認められ、なお、<証拠>によれば、本件当時の被告東京都の法律相談においては、午前中の約三時間の間に、七人ないし八人の相談を捌くため一人平均二〇分程度となつたことを認めることができるのであるから、判断資料の入手は、時間的にも非常に限定されていたといわざるをえない。
原告らは、前田喜七からの催告書への対応に迷つて、法律相談を訪ねたところ、被告甲野が放つておいてよい旨を述べたので、それに従つて放置したのであり、本件の場合には、通常の弁護士であれば、地主の要求に応じて支払うか、又は増額の合意は窮迫の事情によるもので公序良俗に反するとか、強迫による意思表示として取り消しうるということを回答するものであるとして、被告甲野は、最善の方法を指示すべき義務がありながら、最悪の指針を与えたものである旨主張し、被告甲野が原告薫に対して、地主からの催告につき放つておくように回答したという点については、これに沿う原告薫本人の供述も存する。
しかしながら、前記事実関係を合わせ考えれば、被告甲野の回答は、まず、地主との話合いを勧めるものであつたが、原告薫から賃料増額の合意をしながらその合意に基づく支払をしないですむ方法を聞きたいという質問がされたため、被告甲野としては、右合意の事実も証拠がなければ訴訟において否認しうる旨の一般論を述べ、相手の出かたを見るために、支払わないでおくこともひとつの方法としてありうる旨を述べたにとどまるものと解されるところ、原告薫は、被告甲野の右回答に接し、従前からの経緯により地主に対し強い反発の念をいだくとともに、借地人共助会の会長である妻たつ代の立場に苦慮していたところから、前記合意の証拠がないのであるからこれを否認しようと決意したものと推認することができる。したがつて、右によれば、確かに原告らが前田喜七からの催告書に対して支払を拒絶する態度を選択するについて被告甲野の回答が影響を与えたであろうことがうかがわれるものの、被告甲野より地主との話合いをすすめられていたのにそれをせず、同人の上記回答から直ちに賃料不払の決断をした原告らは、むしろ軽率の譏りを免れない。
また、公序良俗違反ないし強迫による意思表示といいうるかどうかの点は、付随的事情によることでもあり、その判断は微妙、かつ、困難であるから、これを本件の如き短時間の法律相談において期待することは、難を強いるものというべきである。
以上によれば、被告甲野の回答が直ちに原告ら主張の不法行為を構成するだけの違法性を有するものとは到底断ずることができないのである。
2 次に、前田喜七が原告たつ代に対し、賃貸借契約を解除した後の原告らと被告甲野との関係について検討するが、前田喜七の解除は、その意思表示が原告たつ代に到達した昭和四五年八月二九日以前の賃料不払の事実を理由とするものであるから、被告甲野に右訴訟における敗訴責任を問うためには、前記事実を前提としたうえ、弁護士として当然なすべき主張、立証活動をしていれば、勝訴しえたといいうる事情の存在が必要要件であると解される(本件の弁論の全趣旨によると、原告らは、被告甲野が当初から強硬に賃料増額の合意及び差額分の支払の事実を否認して徹底的に争つて主張し、立証していれば、原告らが勝訴しえたものと判断していることがうかがわれるが、自らが合意した事実を否認し、担当裁判官をして誤まれる事実認定をさせ、自己に有利な判決を得ようとするような身勝手な期待は、訴訟上の信義に反し、法的保護に値しないものというべきである。)。
(一) そこで、前田喜七に対する内容証明郵便について検討するに、原告らは、右の内容証明郵便は原告らが不利にならないような結果を得ることとする委任の本旨に従つた履行とならない旨を主張する。しかし、右の内容証明郵便においては、話合いに応ずる旨が記載されていることは前記認定のとおりであり、これをもつて債務不履行ないし不法行為の責任を問うことはできない。しかも、解除の意思表示がすでになされた後の回答たる内容証明であるから、ここにおいて解約に応じられない旨を主張したとしても、敗訴の結果との間に困果関係を認めることはできないことが明らかである。
(二) 次に、第一審の訴訟活動について、原告らは、被告甲野は前田喜七の請求を棄却するとの判決を得るべき委任の本旨に違背し、第一に、原告薫と前田喜七との増額の合意は強迫によるもので取り消しうるもの、または、窮迫に乗じたものとして公序良俗違反ということを主張すべきであつたとする。確かに、前記認定のとおり、原告らが右の合意をするにいたつたのは前田喜七から本件建物が違法であることを指摘され、増額を認めれば建築を黙認すると言われたことにあつたということができる。しかし、原告たつ代が借地人共助会の会長であつたことも前記認定のとおりであるところ、本件全証拠によつても、前田喜七の働きかけをもつて、強迫または公序良俗に反するものと断定することはできず、他に右の合意につき瑕疵が存し、無効又は取消しを主張しうるに足りる事情を認めうべき証拠もない。そうすると、右の主張をしなかつたことをとらえて、被告甲野に債務不履行ないし不法行為があつたとする主張は失当である。
第二に、原告らは、原告たつ代の債務不履行が一万九八七五円という少額であつたことから、予備的な抗弁を主張すべきであつたとする。右の主張は必ずしも明確ではないが、たとえ、これを債務不履行の額が背信行為と認めるに足りない特段の事情ありとする抗弁を主張すべきであつたという趣旨に解されるとしても、右の抗弁の成否は、単に金額のみの問題ではなく、原告らは、いつたんなされた合意を否認し、供託要件を欠きながら三月から七月までの五か月間、従前の賃料額を供託していたのであるから、右の抗弁がいれられることは極めて困難であることがうかがわれる。
右によれば、原告らが被告甲野の過失ないし不履行として指摘する点はいずれも理由がない。
(三) 原告らは、控訴審及び上告審における被告甲野の行為として、偽証工作をすすめたこと及び原告らを指導し続け、原告らの方針を変えさせなかつたことをとらえて不法行為となるものと主張する。しかし、偽証工作はそのようなアドバイスがあつたというだけで、結局のところ敗訴と因果関係はなく、また、原告らの方針を変えさせなかつたといつても、敗訴の原因事実はすでに変えることができなかつたものであるから(和解の可能性は否定できないが)、直ちにそれが敗訴の原因となつたということはできない。また、そもそも被告甲野が原告らの方針を変えさせないほどの指導力を持つていたとは考えがたいのである。すなわち、原告らは、被告甲野を全面的に信頼することができないので控訴審は横山弁護士を、上告審は横山弁護士及び長谷部弁護士に委任したことは前記認定のとおりであるところ、原告薫本人尋問の結果によれば、原告薫は横山弁護士の方が甲野弁護士よりすぐれていると判断しており、また、長谷部弁護土の名は、被告甲野が地代請求権に関する憲法論を長谷部弁護士に批判されたと言つていたことから知つたものであることを認めることができる。そうすると、原告らとしては、自ら委任した横山弁護士及び長谷部弁護士に対して、自ら経験した事実を正直に述べて訴訟活動を検討してもらうべきであつたし、また、そうすることができたものと考えられるのである。
三右のとおり、被告甲野に法律相談における回答について、不法行為の成立を認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、被告東京都に責任のないことは明らかである。
四以上によれば、原告らの被告らに対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(牧山市治 小松峻 佐久間邦夫)